2008年03月04日

『死刑』と『それボク』。

shikei 080304.jpg

『死刑』を漸く読み終わった。


l-hu-3-2.gif


読みながら、自分は存置派か廃止派かを考えた。
でも、結論は出ない。

ただ、もし身近なひとを誰かに殺されたとしたら、相手を同じような目に合わせてやりたいと、以前なら何も考えずに思っていた。
ただし、「自分の手は汚さずに」だ。

法が後押ししてくれるなら、復讐しても自分に罰は当たらない。
そんな理論をアタマの中で展開させていた。自分は被害者なのだから、相手を同じような目に遭わせても許されるのだと。
しかしほんとうにそれで気持ちが治まるものなのだろうか。

感情に任せて相手に復讐したとしたら、自分もその相手と同じような人間ということにはならないか。たとえ自分ではなく、法が相手を罰するとしても、誰かが手を下すのだ。それはよいのか。
法に守られた殺人といってもよい。

その法は「人を殺してはならない」ともいっている。

明らかな矛盾に脳みそも気持ちも捻くれてしまいそうだ。


l-hu-3-2.gif

soreboku080304.jpg読み終えつつあった頃に、『それでもボクはやってない』を観た。

日本の裁判の現実を、冤罪の多さを改めて知る。
『死刑』でも、冤罪によって多くの死刑囚が刑を執行されたということにふれていた。

国家権力は「すみません。間違えました。ごめんなさい」と素直に謝ることをしないのだ。沽券に関わることだから。国は間違えたりしない(はず)なのだから。
でも実際には間違った方向へ国民を導き、危機に陥れた過去もあるよね。

あの取り調べの風景には、それこそもっとひどいこともあっただろうと想像する。家族や友人の差し入れにも係官の態度は冷たく、いかにも「悪いことをしたんだから意地悪されたって当然だ」というふうだ。
「疑わしきは罰せず」とか「疑わしきは被告人の利益に」なんていう理念は忘れ去られたのだろうか。最初っから決めてかかっている。「有罪推定」。

ハリウッドとは違う結末に唖然とした方も多いだろうけれど、きっと、これが、現実。胸くそが悪くなることばかりなのだ。
人生を狂わされるなど、簡単なことなのだ。


l-hu-3-2.gif


これから国民が隣人を裁くときがやって来る。
「罪を犯していないひとを罰しない」ことが守られるよう、願わずにはいられない。冤罪によって受刑者となってしまったひとや、死刑を執行されてしまったひとたちのためにも。
posted by おかめ at 23:45 | Comment(4) | TrackBack(1) | 読む
この記事へのコメント
死刑には、反対です。

> 法に守られた殺人

戦争も同じですね。

「疑わしきは罰せず」
最近は、社会全体がヒステリックになってきたのか、疑わしきはまず叩いてみよう、っていう感じですね。
ボクシングの亀田一家みてて思ったんですけど、なんだか「こいつらなら少し叩いてもへこたれそうもないから」って、なんだかバッシングの対象として祭り上げていたみたいな気がしました。みんな、憂さばらしのはけ口が欲しいのかな・・・って。
そういうノリのまま、裁判員制度はじまったら、危ないんじゃないかな。って、思います。

話変りますが、おなじ裁判もの映画ですが「12人の優しい日本人」。随分前にビデオで見たんですが、これは面白かった。
Posted by おいみず〜 at 2008年03月05日 00:21

>>おいみず〜さん
社会全体が狭量になってしまっていますよね。
視野も狭いし、他のひとのことまで考えてる余裕がない感じ。実際には「情けは人のためならず」なんですけどね。
マスコミは働き方を間違えていますよね。集団ヒステリーを起こさせて煽って視聴率さえ稼げばいいみたいな。その上それを見ている視聴者は考えないで信じ込んでしまっているという…。
情けないです。

実際に刑務官として死刑を執行したひとやその現場を知るひとにインタビューをされています。最後には被害者の家族にも。
そこをよむと、どうしても不要の刑罰なのかがわからなくなってしまいました。
一読をオススメします。

『12人の優しい日本人』、三谷幸喜が好きなので舞台のもWOWOWで観ましたよ。
面白いですよねえ。重さの中に軽みがあるし。
でも裁判員への依頼が来ても、受けられません。人間は善悪が混ざっている存在だし(自分も含めて)、そのひとの運命を左右するような判断を自分がする権利は、どこにもないと思っています。
Posted by ヤヤー at 2008年03月05日 08:05
ヤヤーさん、こんばんは。
『死刑』、そのうち読もうと思ってます。基本的には死刑制度に反対ですが、なかなか難しい問題ですね。

「疑わしきは罰せず」なんて、日本では全然守られてないですよね。逮捕されただけで実名報道されてしまうんですから。裁判員制度もどうなるのか、まだまだ紆余曲折がありそうですね。
Posted by オカダ at 2008年03月05日 18:29

>>オカダさん
個人の報復感情を国家権力が代行して晴らすことは、ほんとうに被害者やその家族のためになるのでしょうか。
どちらかというと社会全体に向けた見せしめにしかならないような気がします。

でももし自分が被害者家族だったら、加害者を許すなんていう気には到底なれそうもないです。なにしろ子どもがいじめられれば相手の親さえ憎いと思ってしまうんですよ。

この国では罪を犯してしまった人が社会復帰するための受け入れ態勢も整えられておらず、それは再犯・再々犯の原因にもなっています。
だから罪を犯すなという論理もわからなくはないですけど…どこか歪んでいますよね。コミュニティから排斥すれば済むという問題ではないと思います。

裁判員制度は考えただけで胃が捩れそうです。
Posted by ヤヤー at 2008年03月06日 07:51
コメントを書く
お名前:

メールアドレス(管理人のみに公開されます):

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/88299946
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

『それでもポクはやってない』
Excerpt: 周防正行監督の映画『それでもポクはやってない』のDVDをようやく見た。 上質なミ
Weblog: 岡田昇の研究室
Tracked: 2008-03-06 17:49