
「こころが漂流している。」
何もはっきりとは書かれていない。
秘密が明かされて行くのも、小出しにされるというよりも、読んでいる自分たちさえ最初から知っていて暗黙の了解の上に会話をしているような気になる。
公然の秘密を共有しているような感覚。
曖昧な状況とは裏腹に、子ども時代からの心模様は過剰に思えるほど詳細で執拗だ。
始めから役割が決まっているとしても、逆らえない運命だとしても、それが降り掛かっている人物にだって「ふつうの」感情があることを示しているのだろうか。
地に足がついていないというか、足をつけるべき地面がないような感じがするのは、登場人物たちの不確かな境遇ゆえだろうか。
話したところでどうにも抗えないと分かってはいるけれども、
もしかしたらという気持ちを捨て切れない、あの妙な期待感を覚える。
訥々とした語り口からは想像もできないほど先を急ぎたくなる物語で、
キャシーたちの「ふつうの」しあわせを願わずにはいられなくなった。
それが叶わないことだと知っても。


原書のペーパーバックの表紙は、ある一場面を元に描かれています。
登場人物のひとりである「マダム」のように、胸が締めつけられる気持ちになるかも知れません。
英語もうつくしいとレヴューにありました。
読んでみたい気もしますが。
翻訳の日本語もとても雰囲気があります。
抵抗があったのはトミーという十三歳の少年が「〜ではいかんな」という話し方をしたときくらい。
こういうときはやはり翻訳者の年齢的な難しさを感じずにはいられません。
主人公キャシーの年齢設定が三十一歳ということを考えると、遡ってもそういう言葉を遣っていたとは思えない年代です。
重箱の隅をつつけばこのくらいでしょうか。
ああ、英語の歌詞を片仮名表記にするのも、いかがなものかしら。

実は、わたしがカズオ・イシグロ作品を読破したのは、これが初めてです。
『日の名残り』
でも、読めなかったんです。
『わたしを離さないで』も、はじめは読まないつもりだったのに、図書館に行ったらたまたま新刊本の棚にすとんと入っていたのですよ。
借りたはいいけど読まなきゃならない本は山ほどある。
返却日ぎりぎりで返せるように読むには、と逆算して読みはじめるのがわたしのやり方。
たいてい三冊くらい平行して読みます。
細切れな読み方をするようになったのは、この家に来たらまとまった時間が取れないということが身にしみてわかったからです。
何でいままで読めなかったかというと、たぶん、そのゆったりとした時間の流れが、自分には合っていなかったのでしょう。
突然読めるようになったということは、やはり出会い時だったのでしょう。

この本を読んでいて思い出したのは、昨年読んだ

『砂漠の王国とクローンの少年』
始めから自分が生き延びるために、自分のクローンを創っておく。
病気や怪我など、自分が楽しく生きることを邪魔するものを、そのクローンを使って排除する。
児童書でありながら、思いテーマをしっかりと描いています。
『わたしを・・・』では、そこがはっきりとは示されません。
しかも荒々しい語り口調は、一切ないのです。
もうひとつ

まだありました。

『シャープ・ノース』
これもぞっとしないお話。続きは来月にならないと出ないらしい。
誰もが心の底では気がついているのに知らないふりを決め込んでいる。
真実が暴露されそうになると、容赦なく抹殺。
ある意味、こちらの方が怖いかも知れません。
あるひとつのモチーフでも、これだけ多様な小説になるかと思うと、ますます読むのをやめられません。
人類の未来のあり方というよりも、いま、ここにいるわたしたちだってそういう存在なのではないかと、少し、不安になりました。
そういう存在というのは、いわく「提供者」。
はたまた「被」提供者かも知れません。
そうなる日が近いかも知れません。
Deliusさん、"Never Let Me Go"、こんど探しに行きます。
ありがとうございます♪
こないだ紹介して下さったお菓子の本も、ちゃんと借りて来ましたよ。

大野和基さんがイシグロさんにしたインタヴュー(文学界 2006年8月号)が、こちらにあります。
興味のある方は、ぜひ。
期間限定でジェーンの“Never Let Me Go”が聴けるようにしときましょうか。もし見つからないといけないので。
東洋文庫のお菓子の本は実は実物を見ていなくて、参考になるかどうかは分かりません。でも内容は面白いと思いますよ。プロには特に。
>>きゃあ、Deliusさん、ありがとうございます!!!
いま、配達に行かなくちゃいけないとは思いつつもボリュームを上げて聴き入っております。
聴きたいかたは
→http://www.ad-max.jp/cafe/vocal04.html
これは意地になって探してしまいそうです。
レンタル屋さんで見つからなければ買ってしまったりして(大汗
ああ、ステキだわ。
うっとりしたまま行って来ま〜す♪
追伸
原書の表紙が枕を抱いてこの曲に合わせて身体を揺らしている少女の絵なのですが、主人公の少女時代のことです。
Deliusさんのおかげで、この本のイメージが一気にふくらみました。
この曲を聴きながらもういちど読まなくちゃ。
マジ、オススメです。
明日の駄目押しもお楽しみに!
狂喜乱舞させる気ですね(爆
コメント&TBありがとうございます。
原書の表紙切ないですね。
日本語の翻訳も読みやすかったですが、
作品のよさを原文で読みたい作家さんです。
あぁ英語力があれば><。
Deliusさんのところにもお邪魔させていただきます。
そうそう、わたしも返却期限が迫っている時、3冊くらい並行で読むことがあります(*^^*ゞ
>>リラさん、いらっしゃいませ♪
"Never Let Me Go"の曲が確認できるのは、まだここだけじゃないかと自負しております。
Deliusさんのおかげなんですけど(汗
どうぞまたおいで下さいね。
良いネタもおかしいネタも準備してお待ちしています。
初めてのカズオ・イシグロでした。
やはり、評判どおり素晴らしかったです。
>>タウムさん
いらっしゃいませ♪
わたしもこれが初めてのカズオ・イシグロです。
あまりにこの本に惚れ込んでいるので,
ほかの作品には手をつけていません(笑)。
どうぞ"Never Let Me Go"をお聴きになってみて下さい。
この曲を知ることがなければ,
この本のことはただ読み流していたかも知れません。
教えてくださったDeliusさんと,ブログに感謝です。
土曜日に返さないといけないのであせってます。(笑)
どうも翻訳ものには苦手意識があったのですが、
『イラクサ』の後ということもあり、
少し前にヤヤーさんのところで紹介されていた
『僕はマゼランと旅した』を読んだこともありで
大分慣れてきたのか、すんなり入ってきます。
『日の名残り』って、映画もありましたね。
エマ・トンプソンつながりで知ったのですが、
観ようかどうしようかと考え中で観ていませんでした。
せっかくなので原作を読んでから観たいなぁと思いました。
『わたしを離さないで』は謎の部分が多くて不思議な感じ。
でも物語に流れている空気は好きです。
>>さゆたさん
ぜひぜひ、この不思議な空気感を味わってください♪
うれしいなぁ。
翻訳ものはカタカナの名前が面倒くさいのと(笑)、
最初から日本語で書かれたものと違って読み飛ばすことが出来ないので、
苦手意識を持たれるかたが多いんじゃないかと思います。
金原さんという翻訳家を知ってから翻訳ものに目覚めたのですが、
和訳されているほうがなんか日本語が豊かな感じがするように思うようになりました。
わたしも原作を読んでから映画を見ようと思っているのですが、
全然『日の名残り』に読む順番が回って来ません (;^_^A
図書館から本借り過ぎ(笑)。
お互い読書の秋ですね。頑張りましょう♪